海になったSAKANA 岩渕欣治展

池 田 宗 弘

朝日美術館 2017 年7 月1 日〜8 月27 日
 (長野県東筑摩郡朝日村)

iwabuchi.jpg
天空へ・旅立ち

自由美術の会員の彼は毎回木版画を出品している。石巻在住で膨大な作品を制作している彼の、自ら版を切り自分で摺る労働は常人では為す事は不可能ではないかと想像出来る程の重労働で体を壊さないのが不思議な位であった。確かに彼を見ると骨太で背丈も有り、学生時代からは長年重量挙げで鍛えて頑健な体を作り上げていた。そこで体験した心身の自己調整と努力の仕方とその成果は彼の制作人生に大いにプラスになったのは言うまでもない。あの東北大震災の時には彼の安否を確認する連絡の方法もなくその身体的特徴を表現するのに米国の俳優シュワルツネッカーの様な感じだと伝え捜索して貰い旧知の瀬戸謙介先生の空手塾(瀬戸塾)の人脈の支援で自身も福島で被災された方から岩淵君の無事が十日近く経って知らされた。近年、彼は脳梗塞のリハビリと車椅子の日々を送るようになったが制作意欲は相変わらず旺盛で左の手足以外は正常に使える。震災の折この朝日村と石巻市は提携関係となり海から遠くのここで魚を主題にした作品展を開催することになったのだ。出品リストの89 点の大版画の他、小版画の挿絵を使用して新聞に連載されていた『みちのく魚風土記』や何冊かの作品集、スケッチ技法書、イラスト・カット集等々出版物の展示も目にできた。版画作品は1,750 × 1,200 ミリ、1,100 × 915 ミリ、1,500 × 1,200 ミリとある様に木の板に彫刻刀で長く続いていく揺るぎない練を彫るのは大変な作業であり、当然彫刻刀の刃の手入れから一日の仕事が始まる夏の或る朝、彼が毎朝起きて散歩に出かけるのにその時間になっても姿を見せなかった。不審に感じた家族が彼の異変を発見、即入院した。ここでも仕事師としての健全な生活習慣と家族愛が自らの命の危機を救ったことになる。平面作家は三次元の作品の立体と異なる工夫と技でそれを見る者に感じさせる努力をしてきた。構図、色彩の強弱、濃淡、陰影、色の配置と効果等々とにかく彫刻家とは異なる表現上の探究と実験が常に行なわれている。他の彫刻家の事は関係ないが私は全方位性と時の流れを造形の基準として自分の表現を行なってきたが物理的な引力の制約からは逃れる事は出来ない。岩淵君が水中を自由に動く魚をテーマにしているのは水中が無限に拡がる重力に規制されない宇宙空間の如く、上下左右奥行きに捕らわれない魚類達の陸上にない行動と離合集散による魚の団塊によって作られた新たな形の無限の可能性を感じ取ったからだと思う。水中遊泳は宇宙遊泳と同じと考えた時、人類の文化史には無かった無限空間の中の新表現の扉が開かれる様な予感がする。未来の或る時。宇宙空間で作品展が開催され見物人が遊泳した時岩淵君の意図した事を実感するだろう。

我々は今流行りの現代美術では無く、未来美術に生きているのだ。

▲TOP